大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和31年(わ)142号 判決

被告人 一条清

明二〇・七・二八生 弁護士

主文

被告人を懲役六月に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち国選弁護人に支給した分の三分の二及び証人猿橋久枝、松森三太郎、猿橋英一、児玉久次郎、小原直太郎、根本タキ、泉山高正、添田紀平、小森林福治、宮川七五郎、樺沢ハナ、鳥取俊夫、米内淳二に各支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中建造物損壊の点につき被告人は無罪。

理由

(事実)

被告人は岩手弁護士会所属の弁護士であるが、

第一、昭和二九年五月一九日猿橋久枝の委任に基きその代理人として同女より松森三太郎に対する同人の所有し現に居住している盛岡市長町二五一番二五二番合併地の三家屋番号第九七番木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅建坪二二坪二階八坪に設定された抵当権の実行を盛岡地方裁判所へ昭和二九年(ケ)第二四号事件として申立てたところ、翌二〇日同裁判所は不動産競売開始決定をなし、同年九月二二日第二回競売期日において猿橋久枝が最高価競買人と定められ同月二四日競落許可決定が言渡され、その後同年一〇月一三日同女から債権者において受領すべき金額と競落代金を対等額において相殺したい旨相殺願が提出され同月一六日交付期日が開かれることになつていたが、同日松森三太郎から右競落許可決定に対し異議の申立がなされたため右期日は変更のうえ追つて指定されることとなつた。これより先同年八月一二日猿橋久枝は児玉久次郎に対し前記松森三太郎所有の抵当建物を代金三〇万円で売渡す旨の売買契約を締結し、右代金は被告人の指示に基き契約の際一〇万円、所有権移転登記及び引渡と引き換えに各一〇万円を支払うこととし、同年一〇月頃までにすでに近くその履行が完了する予想の下に児玉から合計二〇万円の交付を受けていた。ところがさきの如く競売手続は交付期日が変更され猿橋久枝においては容易に児玉に対し登記及び引渡に応ずることができず、他方児玉久次郎は当時東北毛織を退職しその退職金を基金として本件建物を買受け独立して商売を始めようとしていたため同女に対しその履行方を督促したため、同月二〇日頃猿橋久枝の夫猿橋英一は事情を熟知している被告人にこれが打解策を相談しようと考え、児玉を同道して被告人をその肩書住居に訪れ児玉と共に少し位の金は出すから一日も早く本件建物の明渡を完了し児玉が居住できるよう尽力方を懇請したところ、被告人はこれを奇貨とし、当時右の如く競売手続は完了しておらず久枝又は児玉から右松森に対し仮処分その他の裁判上の手続により早急に同建物の明渡を求めることは殆んど不可能の状態にあつてかかる手続をとる意思がなかつたのに金員を騙取しようとして、右両名に対し「松森三太郎を相手方として家屋明渡の仮処分の申請をして仮処分の執行をすれば一週間位のうち立ち退かせて児玉が家屋の引渡を受け居住できるようになる。そのためには保証金八〇、〇〇〇円と執行費用五、〇〇〇円かかるからこれを持参せよ。」との趣旨を申し向け、さらに同月二七日被告人宅を訪れた児玉に対し再度右の趣旨を申し向け、またその頃猿橋久枝に対しても電話で同様の申し入れをなし、同人らをしてその旨誤信させ、よつて同人ら間において児玉より久枝に対する右建物買受代金に充当して清算することとさせ、同月二八日児玉をして仮処分の保証金及びその執行費用名下に金八五、〇〇〇円を被告人宅においてその妻トヨ子を通じて交付せしめ、もつてこれを騙取し、

第二、昭和三一年五月八日午後一時過ぎ頃盛岡市菜園一九番地永井精肉店前付近において、「白い羽根」募金中の仙北中学校一年生菅原邦子(当一二年)の背部を平手で二、三回殴打し、もつて同女に対し暴行を加え

たものである。

なお、被告人は右第二の犯行当時飲酒のため心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二四六条第一項に、判示第二の所為は同法第二〇八条罰金等臨時措置法第二条第三条に各該当するところ、判示第二の罪につき懲役刑を選択し右犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつたものであるから刑法第三九条第二項第六八条第三号により法律上の減軽をし、右は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文及び但書第一〇条により重い判示第一の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、なお被告人の年令、犯情等の情状を考慮し同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により主文第三項掲記の分のみ被告人の負担とする。

(一部無罪の判断)

本件公訴事実中、

被告人は、昭和三一年四月一六日頃、城守甚作の依頼により盛岡地方裁判所に対し、借家人小西ミヨ、同嶋ナヨを相手方として同女らの現住する家屋につきその修理に関する仮処分申請をなし、同月二一日「申請人城守甚作は花巻市末広町二〇九番、家屋番号末広町第一一一号、居宅、木造、亜鉛メツキ鋼板葺二階建二四坪二階坪一〇坪の家屋の屋根、土台の取替え、壁の塗替え、横板各替え等の工事を被申請人小西ミヨ、同嶋ナヨらの居住を妨げない程度、方法をもつてなすことができる。被申請人らは申請人のなす右工事を妨害してはならない。ただし被申請人らは右工事期間中といえども引き続き右家屋に居住することを妨げない等」の仮処分決定をうけたものであるが、城守甚作と共謀し、同月二五日城守甚作らは被申請人小西ミヨ、同嶋ナヨ及び小西ミヨから転借している坂下チヨらの現住する仮処分対象物件家屋に臨み修理に用する材料等をなんら準備せず、またその上雨模様であつたのにもかかわらずそれに対する準備をも整えず同女らをして右居住家屋から立ち退かさせる意図の下に、修理名義の下に右居住者らをして居住し得ない状態に屋根に張つていたトタンの全部及び庇の大部分等を取り払い、もつて他人に賃借した建造物を損壊した。

との点について考えるに、被告人が昭和三一年五月一六日城守甚作の依頼により公訴事実の如く同人所有の家屋(公訴事実中二階建二四坪とあるは二四坪五合と認める。)につき当時右家屋に居住していた小西ミヨ、嶋ナヨを相手方として家屋修繕妨害排除仮処分の申請をなしその決定をうけていたところ、同月二五日城守甚作が右仮処分決定の趣旨に反して修理名義の下に右家屋を損壊したことは一件記録により明らかである。

そこで小西ミヨ及び嶋ナヨが当時城守甚作から本件家屋を賃借していたかどうかについて審究するに、証人尾沢清太郎の公判廷における供述、当裁判所の証人小西ミヨ、嶋芳郎、城守清志、城守甚作、川村善次郎、高橋陽、瀬川司に対する各証人尋問調書、押収にかかる花巻簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第二一号家屋明渡等事件記録(証第六号)、同裁判所昭和二九年(ユ)第三号家屋明渡調停事件記録(証第七号)、盛岡地方裁判所花巻支部昭和三〇年(ヨ)第一号家屋修繕妨害排除仮処分事件記録(証第八号)を総合すると、本件家屋はもと株式会社箱崎庄吉商店(以下箱崎商店という。)の所有であつたが、同商店は昭和二九年一二月二七日これを城守甚作、平賀与助に売り渡し翌二八日所有権移転登記を経由し、さらに昭和三〇年一月二四日城守甚作は平賀与助からその持分を買い受け、同日持分移転登記手続を完了したこと、他方箱崎商店は昭和八年頃嶋ナヨに対し本件家屋の右側階下一〇坪を、昭和一一年頃小西ミヨに対し本件家屋の左側階下一四坪五合及び二階一〇坪をそれぞれ賃貸し、その後嶋ナヨは昭和二五年五月から同二九年一二月までの同商店に対する家賃合計八、二〇〇円を、小西ミヨは昭和二七年一一月から同二九年一二月までの同商店に対する家賃合計二〇、八〇〇円を各延滞していたところ、同商店は同年一二月二八日右各延滞賃料債権を城守甚作に譲渡し昭和三〇年一月二六日その旨内容証明郵便をもつて右両名にそれぞれ通知しその頃右内容証明郵便は各送達されたこと、さらに城守甚作は右同日右各譲受債権につき同年一月末までにこれを支払うよう右両名に対し内容証明郵便をもつてそれぞれ履行の催告をなしその頃右内容証明郵便は各送達されたが、いずれも右期間内に履行されなかつたため、引き続き同年二月二日右両名に対し内容証明郵便をもつて賃貸借契約を解除する旨各意思表示をなし、右意思表示はその頃右両名に到達したことが認められる。

そうすると、城守甚作は当初平賀与助と共同して右嶋及び小西に対する賃貸人の地位を承継し昭和三〇年一月二四日平賀与助から持分の移転をうけその登記を経由した時から嶋及び小西に対し単独の賃貸人たる地位を取得したものであり、同月二六日頃右賃貸借より生じた前示各延滞賃料債権の譲受の対抗要件を備えたものであるから、これが遅滞を理由として所定の手続を経てなされた前示解除の意思表示は有効であつて右意思表示の到達した同年二月二日頃右嶋及び小西に対する賃貸借契約は解除されたものというべきである。しかして一件記録を検討するもその後城守において右解除の意思表示を撤回したり、あるいは嶋及び小西に対して新らたに本件家屋を賃貸したと認めるに足る証拠はないから、右両名は昭和三一年四月二五日当時本件家屋の賃借人であつたとは認め難い。

なお、坂下チヨについては、同女が昭和二七年六月頃小西ミヨから当時同女が箱崎商店から賃借していた前示賃借部分の一部を借り受け爾来これを占有使用してきたが、右転借については城守甚作はもとより箱崎商店からもその承諾を得ていなかつたことは当裁判所の証人小西ミヨ、坂下チヨ、城守甚作に対する各証人尋問調書により明らかであるから本件家屋の所有者たる城守甚作に対する関係では単なる不法占有者であるに過ぎない。

ところで刑法第二六二条は私有財産制度の秩序保持の立場から他人の所有権を保護することを目的とする毀棄罪につき、自己の所有物といえども差押を受け、物権を負担し又は賃貸されている場合にはその権利を保護する趣旨からこれを他人の物の損壊と同一に取扱う旨を規定したものであつて、かかる法意からすればここにいわゆる賃貸したるものとは現に賃貸借契約が有効に存続中の物をいうと解すべきである。ところが右公訴事実にかかる建物につき嶋及び小西らに賃借権がなかつたことは前認定のとおりでありその他何人かに、賃貸していたことを認めるに足る証拠はない。したがつて右公訴事実は建物の損壊行為の有無にかかわらずこの点において犯罪の証明なきものに帰するから刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢艮 瀬戸正二 矢吹輝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例